切手市場慎之介blog

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戦後の機械印いろいろ

9月の慎之介ショップでは日本のカバーのうち葉書のものも値段を大幅に安く改定しましてリリース致します。それらを整理しながら出てきた懐かしい収集品の中からいくつかご紹介します。すつて斧田さん発行のSEVENに連載で書かせていただいていた時期もありご覧いただいていた方は内容が被る物も多いかと思いますが、その後新たに見つけた物など加えました。
久々に消印のお話です。戦後の機械日付印(唐草印)は行徳国広さんがリリースして下さった「戦後の郵政資料・第1巻」を捲って見ますと告示を通して様々な変化が起こっていたことがわかります。また日本切手百科事典や日本郵便印ハンドブックなどで大概の変化は追うことが出来、丸島一廣さんや裏田稔さんは御自身の機械印研究をいずみ切手研究会などで部数限定で出版してこられました。それらをもとに葉書の山を調べてみると未だに「本には載ってない」「曖昧にされつづけてきた」テーマが残されていることに気付きます。どうか機械消印のコレクター様が増えますよう願って書いてみました。
 
昭和24年10月1日、この日をもって機械印につきましては①局名は右書→左書②時刻表示は空欄→戦後表示(4区分)③日付部は上④下部には標語と大々的に改定されることになりました。また機械消印使用局においては昭和25年年賀の際に「梅花」図柄の年賀消印を使用することとされました。この「梅花」については2000年年賀の際の和欧文年賀や2001年の都道府県別の絵入り年賀のような郵政当局の一大事業として全力が挙げられています。機械消印の味気ない波部に華やかな文字や絵柄が入るのはファンとって嬉しいことであります。この改革は後の広告入機械印につながります。解説が遅れましたが上左の画像は左書の初期印影です。告示の10月1日以前から局名改称やその他の事情により散発的に使用されていました。左から小樽24.2.1はL波という戦前の機械印の中でも最も長い波部のもの。中は中京24.9.7でM波という昭和3年12月から使用されているズングリした波部です。右はS波という最近まで使われていた最も短いタイプのもので昭和10年に初登場したものです。この時期は資材不足などにより相当昔の部品が機械印・手押し印双方に使われ左書でL・M・Sと3種の波の長さが揃えられたのは時代背景を表す現象です。上右の画像は時刻表示の復活初期の印影です。左が京橋24.12.7前8-12まだM波で右書という組み合わせ。同じく右の東山24.12.3前8-12もM波で右書という戦前使用です。時刻欄は告示では4区分と呼ばれる「戦後型」なのですが、製造・配備がせ間に合わないことが想定されており当面は5区分と呼ばれる「Z型」を到着までの間使用するようにとの通達でした。そのため戦前のZ型と区別して「復活Z型」とコレクターは呼んだりしています。午前の時刻表示は双方共に前0-8と前8-12となっていて判別不能、午後がZ型では后、戦後型では後となっているので区別できます。
 
続いて左上の画像です。左側小石川24.10.21前8-12は私の持つ中ではいちばん早い時刻表示復活のものです。これもM波となっています。右側は京都中央24.11.30后4-8となっていてZ型とはっきりわかる午後印です。24年内の時刻入は午前印で判別不能の場合殆どがZ型であるとお考えいただけましょう。戦後型の後0-6、後6-12の登場初期を追ってみるとその印影は昭和25年に入ってからようやく顔を出します。右上の画像左側は神田25.2.3後0-6で、25年に入ってから旧ハブと呼ばれる日付が下のタイプはこの時点では告示外のイレギュラーとなります。右側は標語入で左書、大崎25.1.13後0-6です。1月13日とは言え年賀葉書との組み合わせが年初=初期という感じが出ていてとても好感が持てます。ここで初めて登場しました標語印、次回また詳しくご説明いたします。